【そもそも論】どうしたってこの世はドラ○ンボール。【創造主視点】

認識の変更

本日はそもそも論なお話です。

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この世は漫画・映画の世界。

よく私はコーチングなどで
ドラゴンボールの話をします。

私たちは創造主ですよ。の話をわかりやすく説明する為に。

漫画でもアニメでも小説でも映画でもなんでもいいから、
自分は「’私’を主人公としたこの世界の<原作者>」と思ってください。

私という人間の人生の物語を書いている人。作っている人。
ドラゴンボールの「鳥山明」の立ち位置です。

で、前述したように私たちは鳥山明であり悟空であるんです。

創りながら体験をしている人。
(そもそも鳥山明もそうですよね。描きながら悟空を体験してるじゃん。)


明が悟空を弱くしたかったらしたらいいし、
強くしたかったらしたらいいんですよ。

どいつもこいつも’私’ですらもキャラ設定。

「私」を含む全ての登場人物を、自分が望むキャラ設定にしたらいいんです。
この思想だけを見てるとただのヤベーやつなんですけど、実際それを毎日毎日私たちは頼まれてもないのに勝手にやってます。

元々自分に対しても人に対しても「こうである」「ああである」
そんな設定をしていると思うんですよ。
勝手に感じて勝手に決めつけて、勝手にそんな人と思って接している。
それと一緒です。

ベジータはサイヤ人の王子だし、最初は悪いやつだけど悟空の一番の理解者になるし…

クリリンはずっと弱いけど親友だし人造人間に恋しちゃうんです。

これらはどうしてそうなったんでしょうか?
鳥山明が「そういう設定にしたから」ですよね。

チチと結婚してもいいし、ブルマと結婚してもいいんす。
チチと結婚するなら、そんな感じのイベントが物語内で起こる(起こす)だろうし、
そこで悟空が「でもオラどう見たってチチはオラのこと好きなようにみえねっぞ」とか言ってたって(吹き出しを用意してそう発言させたって)明がそういうシナリオにしたからにはそうなるのよね。

悟空の感想は、明がその意見を採用こそしなければマジで関係ないんです笑

言わせとけばいいし、言うべきセリフなんだろうし、感じるべき感情なんですよね。

そのうち明が悟空と同化して(自分は明じゃなくて悟空なんだとね)
「チチはオラのこと好きじゃない・・・?」
とかやり始めると悟空目線での「有り無し」「可能不可能」なシナリオ転換になっちゃうわけなんですよ。

思い出すべきなんです。

自分は悟空ではなくて、明なんだって。

だから悟りとかって「覚醒」とか「目覚め」とかいうらしいですよ。
ワイは知らんけど。

明は悟空であり、ベジータであり、チチであり、クリリンです。

ベジータの性格やセリフや行動を考えるのは明です。
ドラゴンボールというアイテムを作るのも明だし、それを活躍させるもさせないも明です。

悟空を人気者にするのも、嫌われ者にするのも
病気にするのも、瀕死にするのも…。

こちらも参考にしてくんさい。

セルにボッコボコにされて自信をなくしたり、フリーザが第3形態まで変身したり。
(ドラゴンボール知らない人はごめんなさいね)
悟空目線からしたら「終わった…」と思う出来事も、物語の抑揚で必要なイベントなんだろうし
大きな抑揚がいらなければ、排除したらいいんだろうし、
絶対に負けるシナリオには明が絶対にさせませんよ。

してもいいですが。(笑)

悟空は悟空を楽しんでればいい。
悟空に同化しすぎて自分の物語に没頭しすぎず、体験しながらどこか俯瞰して見つめて
明が用意したイベントを淡々とこなして望む場所へ連れてって貰えばいいんです。

全て叶う世界にいるし、全て叶えてきてるし
これまでも、これからも
ずっと悟空であり明なんです。

どんな悟空で生きて、
どんなベジータにして
どんな悟飯を育てて
どんな物語にしたいんですか?

そろそろ明にもどりますよ。

comment

  1. はな より:

    めちゃくちゃ納得しました。これから私は明!を合言葉にします。これからのブログも期待してます!

    • yonayona より:

      ありがとうございます〜〜〜!!いつでも明の立ち位置から移動しないよう意識的に世界をみるとよいです♡

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