自愛について、また色々と考察を書いていこうと思います。
下記無料noteも併せて読んでみてください。


自愛。
私はなかなか出来ませんでした。
自分を好きになることが何に繋がるねん。と思っていたし。
まぁそら、自分好きな方が楽だわな。でも自己愛が強い人ってナルシストみたいでキモい。
とか思ってたよ。(捻くれすぎてて草)
noteにも書きましたが、こんなにも自分が嫌いなのに「愛してる」「好きだよ」とか超白ける。
てか出来ない。何してんの私?って即ツッコミが入る。好きなわけないじゃん。と。
お金がないのに「贅沢をさせてあげる」「好きなものを食べてあげる」とかで無理をして意味不明に散財したり。(これも自愛にはなるのですが、本質を理解してないとただの浪費になりがち)

何やってんだろ?自愛…合わないな。やめよ。
って軽率になってました。
てか、当たり前と思います。笑
ヨナ的考察ですが、
自己肯定感が低い人ほど「うまくいかない人生を歩んでいる」と思います。
何故なら「思考は現実化する」から。(私はそうでした)
で、そういう方がこの怪しい世界に足を踏み入れるのではと思いますし(恋愛入りの方もいますね)、より愛を感じてより幸せを感じるべき人なのではと思っています。
人生に波風がほとんどない人に比べて
強く「幸せになりたい」と望むではないですか。
強烈な幸せを感じる為に生まれてますし、その為に自己肯定感が低くなるような家庭に生まれるよう自分で仕向けてきてるのです。
※ここに書いてあることは、あくまでも私の個人的な考察ですからね
思考は現実化するという法則を学んだ時に、愛なのです!!!!とか説いてるのも

「うーーーるせぇーーー!!!!!!」
とか思ってましたけど、
やっぱり最終的に行き着く先は「自愛」でした。
他人を責めてしまいそうになる時。それは確実に「自分を責めている時」。
「私は間違っていない」と主張したいときに、他人に抗弁しようとしたくなる。
「普通こうするでしょ?」→「どうしてこうしてくれないの?」→「○○してもらえない私」→「私の何がダメなの?どこがダメなの?」
とダメな自分を形成してしまう。
「そこを直したら、愛してくれる?」
という感じに。
私の何かがダメだから、みんな愛してくれないのでしょ・・?
自分が望んだことをしてくれなかったからと言って、=自分はダメなやつ。
という認定をする必要なんてないのです。
私がやった「自愛」は自分の評価を他人や外に委ねないこと。
私はダメなヤツだからお金も、仕事も、恋愛も、、、、うまくいかない。
私は他人から否定されるこんなヤツだから…
「私は良いヤツ」
「私はなんでもうまくいく」
「私は愛されるべき」
なんでもいいです。
「私だってうまく行ったっていいじゃん」
「私だって男の人にめちゃくちゃに愛されてもいいじゃん」
自分は「ダメ」なんかじゃない。私も…
「ダメなやつ認定」から逃れることができたら、
少しづつ、いつもダメ出ししてくる自我にツッコミを入れられるようになります。
自分という人間を許容できるようになると
願望が浮かんできたときに「無理だ」なんていう思考も出にくくなってくるんです。

「ま、なんとかなるか!」
願望を許可する=全てを許容できる自分になる=何かが自分に起こることを許可できるようになる=自分という存在は◎なんだ
ニュアンス伝わりますか?
アファメーションや色んなメソッドは、この「許可」をさせる為にやります。
願望を叶えても良いよ=叶う自分になっていいよ=私は無限だよ(ダメじゃないよ)
伝われば良いな。
結局noteと同じような内容になってしまいましたww
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